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イオラニ宮殿の隠れた見どころを楽しむ

州誕生50周年記念:ハワイの歴史を語るイオラニ宮殿をくまなく散策
~見どころ豊富な庭園を自分のペースで巡る~

0423_001.jpg  ハワイの歴史の中で、ハワイ王朝時代から共和国時代、そしてハワイ立州へと移り変わる激動の歴史の舞台ともなったイオラニ宮殿。ホノルルを代表する観光スポットのひとつとしてガイドとともに巡る宮殿内部のツアーは有名だが、その庭園にもディープな逸話の残る歴史的遺物が点在することは、意外に知られていない。日本語の宮殿ツアーは1日1回のみで、時間の都合で参加できない場合も多いが、今回は自由に個々で体験できる、ひと味違ったイオラニ宮殿の楽しみ方を提案したい。ほんの10分、15分、駆け足で訪れるだけでもハワイの歴史を振り返り、学ぶことができる、隠れた見どころだ。

 

まずは知っておきたい、イオラニ宮殿の歴史

0423_002.jpg イオラニ宮殿は1882年、ハワイ王国7代目君主のカラカウア王によって建てられた。カラカウア王、そしてその跡を継いだ妹のリリウオカラニ女王という2人の君主がここで暮らし、1893年のハワイ王朝崩壊まで、ハワイの政治・文化の中枢として機能した。豪奢なイタリア様式の建物は、アメリカ合衆国唯一の宮殿としてあまりにも有名だが、実は現存する宮殿が完成するはるか以前から、この敷地はハワイ王族の居住地としての歴史を刻み続けてきたのである。

 その起源は1820年代、カメハメハ3世の首相で王族のひとりだったカラニモクが、ここを住居に設定したことにはじまる。住居はハワイ王国の宮殿の役割を果たし、王族の会議場としても使われた。その後1845年、カメハメハ3世がこの地に公邸を建て、ハレ・アリイ(王族の家)と命名。これをカメハメハ5世が1870年代、イオラニ宮殿と改名した。初代宮殿は1874年に取り壊されたが、カラカウア王は後年建てた新宮殿もそのままイオラニ宮殿と命名した。そのほかにも敷地内に、さまざまな王族の住居が点在したことが知られている。

 

知られざる2つの神聖なスポット

0423_003.jpg  宮殿を背にして左手前方を見ると、低い鉄柵と植物ティリーフで囲まれた部分がある。これが実は、宮殿きっての聖地。昔は、カメハメハ大王の10代前の先祖でハワイ島の大酋長リロアを含む、21人の王族の亡骸が眠る王家の霊廟だった。霊廟がいっぱいになった1865年、ヌウアヌの高台に新霊廟が造られて遺体は移されたが、一説によると、旧霊廟にもまだ遺体が残されているとのこと。そのため1930年に鉄柵やプレートが付けられるなどして整理され、周囲にはハワイで聖なる植物とされるティリーフがぐるりと植えられた。「KAPU」(ハワイ語でタブーの意味)の注意書きがあるように、敬意を持って見学したいスポットだ。

 旧霊廟を背にした前方、東門を入ってすぐの部分には、前述のハワイ島の大酋長であったリロアに関連する神聖な岩が鎮座している。岩は「パエパエ・カプ・オ・リロア」と呼ばれ、15世紀以来、ビッグ・アイランド(ハワイ島)のワイピオ渓谷にあったリロアの住居前に置かれていたものだそう。19世紀、カラカウア王の命でオアフ島に運ばれ、めぐり巡って現在地に設置された。昔は庶民なら手を触れただけで死罪になった聖なる岩だそうで、岩の周りに例のティリーフを植えているのもそのためだ。

 リロアの岩の後ろに立つ岩は、イギリスのクック船長によるハワイ諸島発見を記念して、ハワイがまだアメリカ合衆国統治領だった1930年に設置されたもの。7トンもの岩に、クック船長の横顔などを描いたプレートが埋め込まれている。

 

リリウオカラニ女王の幽閉された窓

 リロアの岩から宮殿に向かって歩くと、巨大なバニヤンの木が何本も枝を広げている場所に行き着く。これらは1879年、現存の宮殿の建設開始に先立ち、カラカウア王の妻であるカピオラニ女王によって植樹された木々だ。その東寄りには昔、カメハメハ4世の1階建ての家もあった。

 ここから宮殿方面に歩き2階を見上げると、宮殿の前方の角2階に、白い板で覆われた窓があるのがわかる。ハワイ王国最後の女王、リリウオカラニの寝室だった場所だ。そしてこの部屋こそが、1893年に革命勢力によってハワイ王国が転覆された際、退位を迫られたリリウオカラニ女王が8ヶ月間幽閉された場所。女王は窓も覆われ、1人の侍女のほか外部との接触をすべて断たれた上で、孤独な生活を送っていたとのことだ。

 

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門の紋章にも多彩なストーリーが

0423_005.jpg  宮殿は四方をフェンスに囲まれ、東西南北に4つの門がある。門にはハワイ王国の紋章が飾られているが、この紋章にも興味深い歴史が刻まれている。紋章は1840年代のカメハメハ3世時代、王族のひとりによりデザインされたものだ。一番下にあるハワイ語の文章は、「土地の統治権は、正義によって守られる」との意味のハワイ王国のモットー。真ん中に立つ2人のハワイアンは、カメハメハ大王の叔父で相談役だった双子の王族、カメエイアモクとカマナワ。2人の間にある王冠にはタロイモの葉8枚が描かれており、これはハワイ諸島8島を表しているそうだ。

 王冠の下にあるのは、ハワイ王国の国旗から取られた8本のストライプ(やはりハワイ8島を示す)。球状の先がついた白い棒は、昔王族の象徴としてその住居前などに立てられた「プロウロウ」。中央には、カヌーのパドルと王族のカヌーの立てられた旗「プエラ」が組みあわせられている。

 なお、宮殿を囲む4つの門にもそれぞれ名前がある。たとえば宮殿に向かって左の西門はキナウ門。昔、ここにキナウ王女(カメハメハ4世、5世の母)の住居があったことから名付けられたもので、商人の出入りに使われた。東のリケリケ門はカラカウア王の妹リケリケ王女にちなんで名付けられ、王族専用の門だった。正面のカウイケアオウリ門はカメハメハ3世にちなんだ名称の門で、儀式の時のみ使用された。

 このように、イオラニ宮殿の敷地を散策するだけでも、かなりディープにハワイの歴史に触れることができる。もちろん、時間があれば宮殿内部ツアーや地下のギャラリー見学をした方がより理解が深まるが、駆け足での見学でも宮殿前での記念撮影にとどまらず、今回の提案したスポットをチェックするだけでも印象が深まるだろう。ハワイ王朝の歴史をより身近に感じるひとときとなるはずだ。


▽イオラニ宮殿 http://www.iolanipalace.org/

開館時間:
ガイド付きツアー(所要時間:90分)/9時00分~11時15分の間、15分ごとに開始、
日本語ツアー/11時30分(予約したほうがよい)、
オーディオ(イヤホンガイド)ツアー(所要時間90分)/11時45分~15時30分の間10分ごと、
地下ギャラリー(自由見学)/9時00分~17時00分

料金:
ガイド付きツアー20米ドル(5歳~12歳5米ドル、5歳未満不可)、
オーディオツアー13米ドル(同:5米ドル)、
地下ギャラリーのみは6米ドル(同:3米ドル、5歳未満無料)

休館:日・月曜

 

今週のハワイ50選
イオラニ宮殿(オアフ島)
カメハメハ大王
ワイピオ渓谷(ビッグ・アイランド/ハワイ島)

取材:森出じゅん