2009年のMICE市場~ホテルの動向と戦略
MICEは成長市場、堅調に推移
差別化へ動くホテルの戦略で、多様な需要の獲得可能に
海外旅行の総需要が落ち込んだ2009年。芳しくない経済状況や新型インフルエンザの影響で、レジャー需要もビジネス出張需要も前年を大きく割り込んだ。MICEも厳しいという声が聞こえてくるものの、受け皿となるホテルでは相対的に落ち込み幅が小さかったようだ。実際、各ホテルでは厳しい市場環境のなかでもMICE需要の取り込みに手ごたえを感じているという。ホテルからみた日本のMICEの最新動向と現状を取材した。
インセンティブ中心に落ち込みは最小限
成熟段階に入ったとされる日本の海外旅行市場のなかで、MICEは発展途上のマーケットである。その分、伸びしろも大きい。的確にニーズを捉えることができれば大きな成長が見込める。実際にコンコルドホテル&リゾート(コンコルドホテル)は2008年に日本からのMICE需要が50%増と大幅に伸びた。ただし、2009年は景気動向や外的要因の影響でMICEも伸び悩み、ほぼ前年並み。ただし、日本支社長・アジア地区ディレクターの大野惠子氏は「コーポレートやレジャー需要が厳しいなか、MICEに関しては何とかイーブンでしのぐことができ、危惧した割には持ちこたえられた」と需要の手堅さを話す。
ヒルトン・セールス・ワールドワイド(ヒルトン・セールス)海外営業部営業支配人-法人担当の川村美奈子氏も、MICEが健闘したと2009年を振り返る。「2007年から力強く需要が伸びた勢いが2009年は鈍化したが、それでもビジネス出張やレジャーと比較すれば悪い状況ではない」と話す。日本企業の間でもMICEが営業活動の一環としての投資であると認知されつつあり、成長分野との見方は変わらないとしている。
「2009年は経済状況というより、新型インフルエンザによる安全・安心面の不安が広がった影響が大きかった」というのはフェアモント・ラッフルズ・ホテルズ・インターナショナル(フェアモント・ラッフルズ)ディレクター(グローバルセールス)の井上忠浩氏。全体が落ち込むなかMICE需要の動向には期待が感じられるものだったという。
需要の中身は「8割がインセンティブで次がミーティング」(ヒルトン・セールス川村氏)とインセンティブ主体は変わらないが、M、I、C、Eを厳密に区別する必然性は薄れつつある。フェアモント・ラッフルズの井上氏は「問いあわせの段階ではミーティングが多いが、そこから発展していくケースも多い。お客様目線でいえば、ミーティング主体で行ってもアクティビティも楽しみたいだろうし、視察もしたい。チームビルディングもできればさらにいい、となる」とする。コンコルドホテルでも学生の研修旅行もMICEとして受け入れており「MICEのどの区分に入るかは意識していない。グループのお客様に充実した体験を提供するという意味では同じこと」(大野氏)との認識だ。
有望市場に対するホテルの差別化戦略
各ホテルにとってMICEは成長市場だけに他との差別化に力を入れており、その戦略はそれぞれの特徴によりさまざまだ。例えばヒルトン・セールスは世界中に展開するホテルと営業拠点のネットワークの強みをいかし、ヒルトン全体として統制のとれたセールス活動ができるよう工夫している。対象企業への窓口をヒルトンとして一本化し、複数のセールス担当者がかかわる企業の場合は、相手先の担当者とのコネクションが最も太い担当者に一任する。同時に、日本に7軒あるプロパティ側の営業部門とヒルトン・セールス・ワールドワイドの営業部門が緊密に協力するクロスセリングを実現している。
コンコルドホテルはビジネスの初動段階を強化し、MICE対象のウェブサイトに力を入れている。2008年には同サイトの日本語化を済ませ、検索機能を順次強化してきた。その結果、現在では旅行会社やオーガナイザーが、コンコルドホテルのホームページから簡単に宴会場を探せるようになっている。「バンケットスタイル」「シアタースタイル」といった希望の宴会形式と利用人数などを入力して検索すれば、即座に該当する宴会場施設を備えたホテルがリストアップされるからだ。また選択した宴会場をベースにレイアウトプランを考案し、その出来上がりをバーチャルに見たりプリントアウトしたりできる機能やルーミングリストの作成機能、さらには各種プレゼンテーション資料のダウンロード機能などを、すべて日本語で利用できるようにしている。
時代の流れを新たなプランに反映したのがフェアモント・ラッフルズだ。企業の社会的責任(CSR)が重要性を増している時代的な要請に応える施策として「ミーティングス・ザット・マター」プログラムをスタート。これはエコに配慮したグリーン・ミーティングを実現したうえで、当該MICE(50ルーム以上を使用するグループが条件)の実施によってフェアモント・ラッフルズが得る収益の10%を社会貢献団体やボランティア組織へ寄付するプログラムだ。「収益を削って寄付の原資を捻出するのはホテルだが、寄付先の選定は企業やオーガナイザーなどが協議して決める」(井上氏)ことで、企業側もCSR活動の一環として位置づけられる。
関連事業者のチームワークを重視
差別化戦略とは逆に、各ホテルが共通して指摘するのがチームワークの重要性だ。フェアモント・ラッフルズではMICEにおいては関係者全体が一つのプラットフォームを成すべきだという。大きなMICEは町をあげてのプロジェクトとなる。ホテル、ランドオペレーター、旅行会社、オーガナイザーなどだけでなく、例えばホテル周辺に歓迎バナーを掲示するなら政府観光局や現地自治体の協力も必要で、単独ではできない。「企画段階から全体のコミュニケーションをはかり、緊密に連絡しあうことが非常に重要になる」(井上氏)わけで、だからこそ「どこかが一人で儲けるのではなく、プラットフォームの全体が潤うことが大切。独り占めの発想はありえない」という。
特にホテルが重視するのは旅行会社との連携だ。MICEでは、顧客企業あるいはオーガナイザーから旅行会社の営業や手配担当、ランドオペレーター、現地ホテルまで、場合によっては四重、五重のコミュニケーションが必要で、旅行会社のコミュニケーション能力によるところが大きい。コンコルドホテルも「欧米ではホテルと顧客が直接やり取りすることも多いが、日本では日本の流通を壊さないことを心がけており、旅行会社と一緒にまとめていくことを重視している」(大野氏)と旅行会社の重要性を強調。そのうえで、ホテルの情報や機能を積極的に活用してほしいと提案する。「まずは顧客が何を求めるのか関係者でブレーンストーミングをすることが大切。例えばパリでのMICEが初めての場合と、何回目かの場合ではまったく違う提案ができるし、ホテルのビジネスに直結しなくてもホテル以外のべニューでの食事の情報なども提供できる」。
ヒルトン・セールスはホテル側の日本の拠点をもっと活用してほしいと呼び掛ける。「旅行会社から直接現地のホテルに予約が入ることもあるが、現地のホテルに届く情報が少なく、あらためて日本オフィスに問いあわせが来ることも少なくない。旅行会社から日本オフィスに連絡してもらうことで、よりよい提案やコミュニケーションの手助けもできる」(川村氏)からだ。
短期勝負となる2010年のMICE市場
今年に入ってからはブッキングタームの短期化が進行している。「特に規模が小さめの場合は仕掛けが短期化しており、今年9月の案件を今やっているケースもある」(フェアモント・ラッフルズ井上氏)という。ヒルトン・セールス・ワールドワイドも「今年はブッキングタームが短い。半年を切る問いあわせも少なくない」(川村氏)と指摘する。逆に3月くらいまでの動向次第で、年内の案件がバタバタと決まっていく可能性があるともいえる。鍵を握るのは2月、3月の動向になりそうだという。
景気動向が上向かない限り企業の経費削減傾向は続き、MICEにとって厳しい環境が続きそうだ。しかし一方で、景気動向とは別に2009年は新型インフルエンザという特殊要因で延期となったMICEも多い。こうした需要が2010年末から2011年にかけて復活する期待もある。全体としてMICE市場の展望は決して暗いものではないといえそうだ。